なぜ、この小説を映画化したいと思われましたか。
血の繋がっていない人たちの疑似家族のような関係性、事件にのめり込みすぎて堕ちていく刑事、弱い立場の人間の生命力、その3つの要素に惹かれました。映画で言うと、今村昌平監督や溝口健二監督の作品に通じるテーマです。
脚本開発にあたって、こだわられた点を教えてください。
原作を読んで面白いと思ったところは変えないと決めていました。大きな変更は舞台を江の島から三浦にしたことです。〈おうち〉の人たちが不特定多数の人と接する可能性がある江の島のような観光地だと、映像で観ると違和感があるのではないかと思い、もっと閉ざされた場所に変えました。仕事場をパン屋から農園に変えたのも、そういう理由です。
キャラクターに関しては、一人一人のバックボーンを肉付けすると共に、疑似家族での役割を考えて、クランクインする前に役者さんたちとも話し合って作っていきました。
原作者の佐野広実さんとは、どんなやり取りをされましたか。
脚本を改稿するたびにチェックをお願いしましたが、基本的には任せてくださいました。原作からの変更点へも異論はなく、警察や医療関係で執筆時にリサーチされたことを教えていただきました。それを聞いた上で、さらに現場の警察と医療の監修の人に指導してもらいました。
キャスティングの決め手を教えてください。
奈緒さんは前作『君は永遠にそいつらより若い』で組んだ時、本当に頼れる存在でした。ちょっとしたト書きまで、読み込みが違う。作品に対する愛が深くて、その上で監督の意見を尊重してくれて、すごく信頼しています。吉岡里帆さんは『幕が上がる』という映画で観た時から、難しいお芝居に挑戦されているなと思って気になっていました。風吹ジュンさんを筆頭に、僕の第一希望は実力と人気の高い方ばかりだったので難しいと思っていたのですが、皆さん脚本が面白ければ出ますよというスタンスで、ありがたかったですね。
監督が普段俳優に求められる根本的なことは何でしょうか。
普通でいてくださいということです。そしていつも言うのは、「いい人にしないでください」。役者さんはどうしても自分の役に愛着を持ちすぎて、悪い役でもそれを正当化するための理由付けをしてしまう。でも、観る人が共感するのは、キャラクターのダメなところです。だから、それを否定しないでくださいと話しています。たまたま皆の生活があって、カメラが回っていたところをつないだら映画になったというのが一番理想だと思います。
撮影前に主要キャストの皆さんとは何を話されましたか。
奈緒さんには、「恭しき娼婦」という舞台の時のような落とした声で言ってくださいとお願いしました。さらに、女性の刑事の方を取材して資料にまとめてお渡ししました。それを参考に作り上げてきてくださって、警察監修の人も奈緒さんの姿を見て、非常にリアルだと感心されてましたね。
吉岡さんにお願いしたのは、猫背と人の目を見て話さないこと。衣装合わせの時に、新品ではなく古着にしましょう、アイロンのピシッとしたのは無しにしましょうなど、アイディアをたくさんいただきました。紀子として生きることに対して、非常に気合が入っていると感じましたね。
酒井若菜さんには、しのぶはバリバリの元キャリアウーマンだと説明したところ、衣装を提案していただきました。ファーストサマーウイカさんは暴力を受けて黙っていることが理解できないとおっしゃったので、様々なお話を重ねたところ論理的に納得してくださいました。凛役の佐月絵美さんは、凛の履歴書を書いてこられたのですが、これまでに見たことのない膨大な量で驚きましたね。
美保純さんの温かい印象を路子役に投影したいと思い、いつも手元にかわいいハンカチを持たれていたのが印象的だったので、ファミレスで薫と話すシーンで、ハンカチを握っている設定にしました。風吹さんとも、昭江さんの生い立ちや路子さんとの関係性、台詞に隠された裏の感情などディスカッションを重ね、髪型などもご提案いただきました。
男性キャストの皆さんには、どんなお話をされましたか。
北村匠海君と原嘉孝君、清水尚弥君と井上肇さんには、なるべくまばたきをしないでくださいと話しました。まばたきが少ないと、観る側は深層心理で気味悪くなるんです。
クライマックスのアクションシーンの撮影の様子を教えてください。
2日間にわたって撮影したのですが、その前に役者さんに集まってもらって、アクション監督と考えた動きを見せました。すると、「私だったらこの時はここから動けない」「こういう風に反撃する」など意見がたくさん出たので、それらを積み重ねていきました。最終的に狭くて古い台所で皆さんが体育座りしながら話し合っていて、この風景は一生忘れないなと思いました。北村君も数多くのアクション映画に出演しているので、いろんなアイディアを出してくれて。時間はかかりましたが、皆さん楽しかったと言ってくださいました。
映像面ではどんなことを意識されましたか。
大きなくくりとしてはサスペンスですが、少し歪なものにしたかった。ホームドラマがあって、その一方でサスペンスが流れていて、二つがだんだん近づいて交錯して、とんでもなくぐちゃぐちゃになるという映像を想定しました。
〈おうち〉の美術について教えてください。
元々は住居だったのですが、今は物置のようになっていた家屋をお借りしました。僕が美術スタッフに頼んだのは、「とにかくお洒落にしないでください」。イメージは、お客さんの来ない普段のおばあちゃんの家です。
音楽には、どんなディレクションをされましたか。
いつも組んでいる加藤久貴さんに、「邦画らしくないものにしてください」とお願いしました。作品としては『プロミシング・ヤング・ウーマン』のようなイメージで、音楽としては『ブルータリスト』『ありふれた教室』『ガール・ウィズ・ニードル』、デヴィッド・フィンチャー監督の『ザ・キラー』などをイメージしていると伝えました。何の楽器を使っているのかわからない、ザワッとするような違和感のある音楽ですね。SOSのモールス信号を曲の中に入れるなど、面白い試みをされていますが、なぜこの音をこの楽器で演奏するか、すべて加藤さんのロジックが明確にあります。
主題歌に関しては、いかがでしたか。
haruka nakamuraさんには、「救いにならないようにしてください」とお願いしました。救う歌ではなく、救われない人と同じ目線で一緒にいる歌にしてほしい。作品もそうですが、希望を歌ってお茶を濁すようなことはしたくない。すぐに理解してくださり、素晴らしい楽曲を作っていただきました。