「誰が正しいのか分からない」――“正義”をめぐり、観客の意見が分かれる
夫から逃れ、女性たちを匿うシェルター<おうち>に身を寄せた紀子(吉岡里帆)。一方、刑事としてある事件を追いながら、自身も夫からの暴力に苦しむ薫(奈緒)。物語が進むにつれ明らかになっていく<おうち>の秘密と、女性たちが生きるために選んだ方法。その選択は果たして“正しい”のか――。
SNSでは、登場人物それぞれの立場や選択をめぐって、異なる視点からの感想や考察が寄せられています。
「警察や行政が守ってくれないなら、自分たちで護るしかない。
…私はおうちのみんなを『仲間』だなと感じた」
「彼女たちの決断は決して許されるものではないのだけれど、
完全否定もできなくて…どうしたら良かったのかを考え続けています」
「あの家のやり方は間違ってるけどわたしはスッキリしている、、
善か悪かじゃ裁けないし救われる人がいる場所」
こうした観客の反応について、プロデューサーの深谷好隆は「この作品には、それぞれの人物に、それぞれの『正義』があります。誰かを救うためなら何をしても許されるのか。自分が正しいと信じることは、本当に誰にとっても正しいのか。その答えを作り手から提示するのではなく、観客の皆さん一人ひとりに考えてもらいたいと思いました」と語ります。
「自分だったらどうする?」観終わったあとも続く“考察”
さらにSNSでは、物語の結末だけでなく、登場人物たちが迫られる選択を「自分だったらどうするのか」と自身に置き換えて受け止める声も。なかには、もう一度作品を確かめるように劇場へ足を運ぶ観客も見られ、鑑賞後もそれぞれの中で作品への考察が続いています。
「映画の中である質問が出てくるんだけど、みている私たちにも問われているような気がして。
自分ならどっちを選ぶだろうか…」
「2回目観てきた。…現実にあってもおかしくない。多くの人に観て考えてほしい作品。
…私ならどうするかって考えちゃうな」
公開後のこうした反応について、深谷プロデューサーは「想像していた以上に、登場人物の行動や『正義』について、さまざまな考察が生まれていることに驚いています。同じ場面でも受け取り方がまったく違い、もう一度確かめたいと劇場へ足を運んでくださる方もいる。作品が私たちの手を離れ、観客の皆さんの中で育ち始めていることを、とても嬉しく感じています」とコメント。
そもそも本作を企画した背景には、こうした「答えの出ない問い」を観客に投げかけたいという思いがあったという。深谷プロデューサーは「DVという社会問題そのものだけではなく、『誰かを救いたい』という思いが、どこまで許されるのかを描きたいと思いました。正義や善意だけでは割り切れない現実がある。その曖昧さを映画として提示し、観終わったあとに『自分だったらどうするだろう』と考えてもらえる作品にしたい。それが、この企画の出発点でした」と明かします。
「まだご覧になっていない方にも、この“議論”に加わってほしい」
深谷プロデューサーは最後に、「この映画には、ひとつの『正解』を用意していません。だからこそ、観終わったあとに残った違和感や疑問を、ぜひ誰かと話してほしい。そしてもう一度観ると、違う人物の視点や、初見では気づかなかったものが見えてくるかもしれません。まだご覧になっていない方にも、ぜひこの“議論”に加わっていただけたら嬉しいです」と呼びかける。
紀子と薫、それぞれの葛藤を映し出した新場面写真&アザーカットも解禁!
新たに解禁されたのは、それぞれに葛藤を抱える紀子と薫の姿。<おうち>で女性たちと過ごす中で、さまざまな思いを抱えながら少しずつ自分を取り戻していく紀子。誰かを救いたいという思いと、自身の倫理観との間で揺れながらも、その表情には次第に芽生えていく強い意志がにじみます。
一方の薫も、刑事として事件の真相を追いながら、自らもDV被害の当事者として夫・晋一との関係に苦しみ続けています。正義感を胸に警察官となったはずの薫だが、自身を取り巻くさまざまな現実に直面する中で、その「正義」も次第に揺らぎ、歪んでいく。解禁された写真には、そんな薫の警戒心や戸惑い、複雑な感情が映し出されています。
そして、紀子をはじめとする<おうち>のメンバーと薫が一堂に会したアザーカットも解禁!<おうち>の居間でこちらを強く見つめる7人の姿を捉えた一枚。まっすぐに向けられた7人の視線が、彼女たちの選択をどう受け止めるのか、観る者に静かに問いかけてくる。


誰かを救うための行動は、どこまで許されるのか。
自分が信じる「正しさ」は、本当に誰にとっても正しいのか。
観る人によって異なる答えを残し、
鑑賞後にもさまざまな感想や考察を生んでいる『シャドウワーク』。
登場人物たちが下す選択を、ぜひ劇場で見届けてください。

Ⓒ2026「シャドウワーク」製作委員会
